無痛分娩施設の選び方 院長コラム#033

2023.11.27 院長コラム

 院長の吉冨です。

 昨今、全国的に無痛分娩を取り扱う施設が増え、福岡でも急速に無痛分娩取り扱い施設が増えてきています。患者様のニーズに広くお応えすることができることはとても良いことだと思いますが、大きな懸念材料があることも確かです。今回のコラムでは無痛分娩取り扱い施設が増えたことにより病院選びの選択肢が広がりますが、どのような視点で病院を選べば良いか私見を交えて解説してみようと思います。

 以前のコラムでも無痛分娩について私見を述べていますので合わせて参考にしてみてください。

 

無痛分娩施設の選び方

 

まずは無痛分娩のことをよく知ろう!

無痛分娩と和痛分娩の違いとは?

 いきなりですが、無痛分娩と和痛分娩の違いは皆さんご存じでしょうか?

 答えは、おおむねどのような方法を選択しても基本は和痛分娩であると言うことです。

 どういうことかというと、お産はとても強い痛みを伴います。そのため、人類はなんとかして痛みを和らげようと創意工夫をしてきました。具体的にいうと、ラマーズ法などの呼吸法やソフロロジーなどのイメージトレーニングなどはその代表的なものです。どちらともお産を行うにはとても大事なことであり、過度な痛みや不安を起こさないようにするためのものです。しかし、物理的な痛みを取り除くことはできません。そのため、薬物を使用した鎮痛を考えます。方法としてはガスを吸うことによるガス麻酔や点滴から鎮痛剤を投与する静脈麻酔、部分的に痛みを取り除く局所麻酔などがあります。それぞれ良い部分もあるのですが、なかなか満足できるような効果を出すのは難しいです。

 そこで、お産をするのに適していて、痛みも大幅に取り除くことが可能な硬膜外鎮痛法と呼ばれる方法を採用します。これが、皆さんが考えている無痛分娩に相当する方法です。この方法は完全に痛みを取り除くことが可能です。そのため「無」痛分娩という言い方が定着したのかもしれません。

 しかし、完全に痛みをなくしてしまうと、お産をするには不都合なことがいくつか起こります。分娩の進行が停滞してしまうことが多くなり、分娩をするまでに数日かかることもあります。分娩時間が延びるだけでもリスクが増大しますが、その間、痛みを取り除いている訳で局所麻酔の量が増えることになり、事故につながる可能性も増えることになります。また、分娩の最後にはいきむ必要があるのですが、痛みを全く感じていないと、どのようにいきめば良いのかわからず、うまくいかないことも増えてしまいます(妊娠中にお腹が痛くないのにいきみなさいといわれてもできないですよね?それと同じことが起きます)。

 このように「無」痛分娩にする事は可能ではあるのですが、お産をするには「無」にすると不都合が生じるため、あえて少しの痛みやお腹の張りの感覚を残す「和」痛分娩にコントロールする事が重要となってきます。そういった意味ではどのような方法を選択しても和痛分娩という表現の方が厳密には正しいのかなと思います。

 

無痛と和痛の医療的管理の違い

 さて、前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題です。
 なぜ、硬膜外鎮痛法(以下、無痛分娩と表現)と硬膜外鎮痛法以外(以下、和痛分娩と表現)を分けて考えるのでしょうか?
 答えは、「無痛分娩も和痛分娩も同じ経腟分娩ではあるが、全く管理方法が異なるから」です。
 これは至極当たり前のことなのですが、患者さんはもちろんのこと、多くの産婦人科医師、助産師が知らないことでもあります。なぜなら、無痛分娩に関する教育を受ける場や経験を積む場が日本にはほとんどなく、それぞれの施設が様々なやり方で手探りをしている状態がほとんどだからです。

具体的には無痛分娩には以下のような難所が存在します。
①硬膜外腔にカテーテルを入れなければいけない
②局所麻酔薬を使用するため、麻酔の知識が必須である
③硬膜外鎮痛法とひとまとめにされているが、その中でも方法は多種多様である
④分娩の進行の仕方が通常と異なり、見るべきポイントも変わってくる
⑤産婦さんの痛みの感じ方は十人十色であり、鎮痛コントロールの標準化がしにくい
⑥産婦さんと医療従事者との認識の差が大きい
⑦医療従事者のみならず、産婦さんも知識が必要
⑧人手を必要とする
などです。

 ①や②については麻酔科の領域であり、産婦人科医師は基本的に研修医の時に麻酔科に配属されない限り経験することも学ぶこともほとんどありません。また、これらの技術や知識は短い期間に習得できるものではなく、時間をかけて臨床現場で患者さんの対応を実際に行うことで身についていくものです。

 ③については医療は日進月歩であり、進化し続けています。そのため、硬膜外鎮痛法と一言で言っても、使う薬や機械、その使い方など多種多様であり、それをいかに上手に使っていくかがポイントとなります。そのため、経験も重要ですが、知識のアップデートも必要となってきます。

 ④は産科医の力量や助産師の力量が大いに関わってくるところです。通常の分娩よりも観察項目も増えます。十分な知識と技術を備えた上で、経験も重要な要素となってきます。

 ⑤は痛みを定数的に捉えることが難しく、産婦さんの訴えと臨床所見を元に個々に調整する必要があり、産婦さんや関わる医療従事者によって鎮痛効果は大きく変化してしまいます。そのため、⑥や⑦についての対策も講じる必要があり、スタッフ教育だけではなく、患者・家族教育が必要です。

 ⑧については言わずもがなですが、通常のお産とは比べものにならないほど、産婦さんや赤ちゃんの状態を常に把握し、適切な対応をタイムリーに行う必要があります。そのため、無痛分娩を行う場合は医師、助産師共に人手を必要とします。特に助産師はお産の掛け持ちはほとんどできません。最大でも2つのお産を同時に見るのが限界(安全性と快適性の面で)だと思います。

 

次に病院のことをよく知ろう!

 無痛分娩を行う場合、私は病院選びがとても重要であると考えています。

どのような病院を選べば良いのか、、、簡潔に言えば、
①知識と経験のある医師、助産師、看護師がいるところ
②できれば24時間365日無痛分娩の対応をしているところ
③無痛分娩を行うにあたっての基準、マニュアルをしっかり作っているところ
④スタッフ教育はもちろんのこと患者教育をしっかりと行っているところ
⑤無痛分娩に関する疑問に納得のいく説明をしてくれるところ
などがあげられます。

①知識と経験のある医師、助産師、看護師がいるところ

 ①についてはとても判断するのが難しい部分だと思いますが最も重要な部分です。
 例えば、無痛分娩を行う上での管理者は誰でどのような方なのかを知ることは重要です。基本的にはクリニックであれば院長であることが多いと思いますし、総合病院であれば産婦人科の診療部長や病棟医長ではないでしょうか。その方々がスタッフ教育やルールを決めていく訳ですから、どれだけお産や無痛分娩に精通しているかはとても重要です。

 意外と知られていない事実ですが、産婦人科医は大きく分けて産科医と婦人科医に専門が分かれます。出産の場合は、産科を専門とした先生(産婦人科専門医だけではなく周産期専門医の資格を持つ先生)が管理者であるクリニックを探されると、より修練されているクリニックである可能性が高いと思います。

 また、実際にお産をとってくれる担当の産婦人科医はどんな方なのかも重要です。常勤医師なのか非常勤医師なのか、無痛分娩の教育を受けているのか、無痛分娩の経験があるのかなどです。さらに、麻酔は誰が担当するのかも重要なポイントです。一概に麻酔科医が管理した方が安全とは言えません。当然、麻酔科医は麻酔のスペシャリストですから、麻酔を行うという行為に対しては安全性が高いと思いますが、無痛分娩の根幹はお産です。痛みが取れればそれでいい訳ではなく、お産の進行と共に麻酔の調整や管理をしていく必要があります。

 そういった意味ではお産に精通した麻酔科医か麻酔に精通した産婦人科医が麻酔管理を行うのがもっとも良いと考えます。しかし、世の中にそういった医師はかなり少なく、探すのは容易ではありません。

 そして無痛分娩にあたって最も重要な役割を果たすのが助産師、看護師です。お産の進行や産婦さんの状態を適切に判断し、無痛分娩の開始のタイミングや促進剤の使用のタイミングなどを考えます。また、鎮痛効果の判断やいきみの介助なども重要で、これらすべてに関わるため、助産師、看護師の修練はとても重要ですので、その辺の教育が院内でなされているかチェックするのも大切です。

 逆に良くないパターンもご紹介しておきます。もっとも良くないのは硬膜外腔にカテーテルを入れる先生が麻酔科医でありながら、その後はその麻酔科医が院内に不在で、不慣れな医師しかいない中での無痛分娩の提供を行うことです。一見、麻酔科医がカテーテル挿入作業を行うため安全なように見えますが、事故が起きるのは麻酔薬を実際に使用する時であり、その時こそ麻酔科医が立ち会う必要があると考えます。また、麻酔の効果が不十分なときにも、無痛分娩に不慣れな医師しかいない場合は適切な対応がとれません。

 その他の懸念すべきパターンとしては、常勤医師の変更がない状態にもかかわらず、無痛分娩の提供を始めることです。今まで無痛分娩を行ってきていなかったのにもかかわらず、急に無痛分娩を開始されるケースがたまにあります。しかし、常勤医師が変わらないのに無痛分娩を開始しても、医師はもちろんのこと、助産師、看護師の知識や経験が追いつくはずがありません。また、似たようなパターンとして麻酔科医を招致して安全性を謳うことがよくありますが、無痛分娩は硬膜外腔にカテーテルを入れるときだけ麻酔科医がいればそれで安全が担保されるというものではありません。先にも述べたように、無痛分娩を安全に提供するためには様々な難題をクリアする必要があり、簡単なことではないのです。

 昨今、無痛分娩の取り扱い施設が増え、危険な症例の報告もちらほら見受けられます。安全な無痛分娩の普及をめざし、日本産科麻酔学会では無痛分娩に精通した医師の育成や輩出をすべく、専門医制度について検討、議論されています。

②できれば24時間365日無痛分娩の対応をしているところ

 ②については麻酔科医が夜勤体制に入ったり帰ってしまって不在となるという理由や、産婦人科常勤医が帰ってしまって非常勤医師体制になるといった理由で17時以降無痛分娩を途中であっても中止するということがよくあります。陣痛のピークが一気に押し寄せてくる訳ですから、このようなことがあっては無痛分娩を選択した意味がありません。また、夜間や休日に陣痛が発来する事はよくあることで、その時に対応できないとなると不安が大きくなってしまいます。

③無痛分娩を行うにあたっての基準、マニュアルをしっかり作っているところ

 ③についてはホームページなどに掲載している施設も多くあります。基準を持たない施設で無痛分娩を行うのはその場かぎりの管理を適当にやっていることにもつながり、再現性もなく、対応するスタッフによってもばらつきが大きくなるためおすすめできません。

④スタッフ教育はもちろんのこと患者教育をしっかりと行っているところ

 ④について、特に患者教育が重要となってきます。先にも述べたように、我々医療従事者との認識の乖離や知識の不足があると、安全に無痛分娩を提供できないばかりか、満足のいく結果を得ることは難しくなります。そのため、無痛分娩に関する外来の設置や教室ななど、特に医師が解説・説明できる場がある方が良いと考えます。

⑤無痛分娩に関する疑問に納得のいく説明をしてくれるところ

 ⑤については③や④に準じますが、曖昧さをできるだけ排除した方が良いと思います。納得のいく説明ができるということは、きちんとした基準があるということですし、何よりも相手に納得させられるだけの深い理解や知識があるということになります。自分の命と子供の命を預ける訳ですから、納得がいかないようであれば再考する必要はあると思います。

 

最後に自分でよく考えて選択しよう!

 無痛分娩に限らず、お産は何が起こるかわからないという緊張感をもって医療従事者も妊産婦さんも備えておく必要があります。人任せにするのではなく、自身のことですからしっかりと向き合っていくことが大切です。知識を得ることができれば不要な心配事も減りますし、必要な行動がとりやすくなります。まずは正しい知識を得ることが重要です。

 正しい知識を持って、自分の理想に近い管理体制を敷いている産院を探し、さらにそこでも確認をする事でより確実性は増すのではないでしょうか。

 このようなことを書いてしまうと不安になる方もいらっしゃるかもしれませんが、知らないということが最大のリスクであり、きちんとした知識を持って自身で判断することが重要です。ご自身が納得できるのであれば、それが最善の方法であり、もっとも適した産院だと思います。安易に考えず、まずはよく考えてお決めになるのが良いと思います。

以上、参考になれば幸いです。

 

 当院では院長クラスでさらに詳しく無痛分娩についてお話ししております。

 当院にお掛かりの妊婦さんはもちろんのこと、他院にお掛かりの妊婦さんやそのご家族も受講は可能です。予約枠がすぐに埋まってしまい、1ヶ月先でも予約が取れないことがありますが、ご希望の方はWEBもしくはお電話にてご予約をお取りください。参加は無料です。

 また、LINEやお電話の対応は主に事務員が行っていますため、医学的な内容のお問い合わせやご相談は詳しいお話ができかねます。ご予約・ご来院の上、ご相談いただくか、緊急性が高い場合は看護師、助産師が対応しますためその旨お伝えください。最近、緊急性の乏しい問い合わせが多く、現場の業務に支障を来しております。皆様の節度ある常識的な行動をお願いいたします。