妊婦さんの体重について(妊娠・出産を扱う産婦人科医の視点から) 院長コラム#028

2023.03.17 院長コラム

院長の吉冨です。今回は妊娠・出産を考えた場合の体重について私見を交えて書こうと思います。

妊娠中に体重のことを言われて不快に感じたことがあったり、うんざりしたことがある方は多いのではないでしょうか?また、産婦人科の病院によって基準や言われる程度が違うと感じたことがある方もいるのではないでしょうか?

なぜそのようなことが起きているのか、なぜそこまで体重のことを産婦人科では言われるのか、今回のコラムを通じて理解を深め、本人を含めたお産に関わる全ての人が同じ目標に向かって頑張っていけると、とても素晴らしい環境が作れると思います。

 

妊娠前の体重が重いとどうなるの?妊娠中に体重が増えすぎるとどうなるの?

 2020年版産婦人科診療ガイドライン産科編には以下のようなことが書かれています。

妊娠前の体格が肥満であった場合、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、帝王切開分娩、巨大児のリスクが高くなるとあります。また、妊娠中に体重が増えすぎた場合も帝王切開分娩や巨大児のリスクが高くなるとあります。

臨床現場でも同様の印象を強く受けます。とりわけ、帝王切開分娩が増えるというのは実感がありますし、このとき、通常の帝王切開に比べ様々な問題があることもよくあり、とても困ることがあります。巨大児のせいなのか、微弱陣痛のせいなのか、促進剤が効きにくいせいなのか定かではないこともありますが、難産傾向にあることは確かだと思います。難産となれば当然帝王切開への移行率が増えます。陣痛が発来し、今まさに陣痛の痛みはピークであるにもかかわらず、分娩は進まず何時間も頑張ることは、心が折れてしまいますし、体力的に産後のケアを行う上で弊害となります。また、それだけではなく、帝王切開を行うと言うことは麻酔が必須であることと同義です。当院では私をはじめ、麻酔科標榜医が2名常勤であるだけでなく、常勤医全員が麻酔をかけられるように訓練しています。そのため、帝王切開を行うと判断すればすぐに麻酔をかけられる環境ではありますが、陣痛がピークに達した状態での麻酔は困難となることが多く、その上、体重が大きいとなると、さらに麻酔を行うことが困難となり、また、合併症も増えることとなります。

 

適切な体重増加量は?

 何kgまでなら体重が増えても良いのだろうか?どのくらいの体重に維持しておけば良いのだろうか?と悩まれる方も多いと思いますし、そのような相談も多く受けます。

一言で答えるならば「妊婦さんの背景によって異なる」です。妊娠前の体重や合併症の有無、身長や初産か経産かによっても本来変わってくるものだと思います。しかし、そのような細かい設定による至適体重の推奨はないばかりか、それぞれのガイドラインなどによって推奨値は異なります。また、ガイドラインなどで推奨されている体重増加目標値などはあくまでも、今までに有害事象の発生頻度が統計学的に有意差をもって発生していないというデータからの算出であって、現場がどれほど苦労をして事故を起こさないようにしているかは当然反映されていません。

しかし、何かしらの基準を設けることは必要であり、一般的にはガイドラインなどで推奨されている体重を参考にそれぞれの病院でルールが設定されていることが多いと思います。

当院では無痛分娩をご希望の方には分娩時のBMI28未満であることを最低限の基準としており、無痛分娩をご希望されていない方でも分娩時のBMI32未満を最低限の基準としています(今後さらなる基準値の下方修正を検討中です)。

また、妊娠中の体重増加目標として、痩せ型から標準体重(BMI25)の方は1ヶ月に1kg増加程度を目標とし、標準から肥満体重(BMI25)の方は個別対応(概ね妊娠全期間で体重増加は5kg未満)としています。

 

体重を増やしすぎないためには?体重が増えなくても赤ちゃんに問題はない?

 体重を増やしすぎないためにもっとも大事なことは体重への意識だと思います。嫌なことから目をそらさず、きちんと向き合えば、妊娠中の健康を維持できるばかりか、もっとも大変なお産を安全に乗り切ることができる可能性が高くなると思います。

具体的には食事の内容や量、間食の見直し、それから適度な運動、規則正しい生活習慣などです。よく、「食べていないのに体重が増え続ける」とおっしゃる方がいます。理論的に考えても食べていないのに体重が増え続ける訳はありませんし、我々から見たら十分に食べていることがほとんどです。

また、「体重が増えなかったら赤ちゃんの成長が心配」とおっしゃる方もいます。確かに全妊娠期間を通じて体重が全く増えなければ心配になることもあります。しかし、妊娠初期などはつわりなどで数kgお母さんの体重が減っても、赤ちゃんの成長に差はほとんどありません。妊娠初期の赤ちゃんの成長は胎盤の形成完了もしておらず、お母さんからの栄養に依存していると言うよりも、生まれ持って成長するためのお弁当箱を持っています。そのため、妊娠初期に体重が減ったり、増えなかったりしてもそれほど気にする必要はありません。妊娠中期から後期にかけてはお母さんの体重が激増する時期でもあります。妊娠初期に良くコントロールしておくと後が少し楽になります。

また、妊娠中期から後期にかけては適度な体重増加、体重維持が望ましく、やはり急激に体重を減らしたり、増えたりすることは赤ちゃんのみならず、お母さんの健康維持にも不利益です。

 

体重について厳しい病院とそうでない病院の違いはなに?

 一概には言えませんが、妊娠・出産に対する向き合い方と帝王切開時の麻酔の管理を誰が行うのかと言うところが大きいように思います。

はじめにも書きましたが、体重が増えすぎると難産傾向、帝王切開増加傾向、合併症増加傾向であることは周知の事実であり、難産や緊急の帝王切開が増えると、それだけ妊婦さんも赤ちゃんも危険にさらされます。また、その対応を行うことで他にいる妊婦さんの管理にも影響が出ることになります。

さらに、麻酔管理については、多くのクリニックでは外注で麻酔科の先生に依頼します。このような外注の麻酔科医依頼体制だと、大急ぎの緊急帝王切開には対応できません。そればかりか、麻酔困難症例や麻酔関連の合併症などについては自分たちで管理しないため、深く考えずに麻酔科医に任せているということが実状だと思います。そのため、麻酔を行うという観点で妊娠・分娩管理を行っていることは少ないように思います。

当院のようにいつでもリアルタイムに麻酔が行え、緊急帝王切開をすぐにできるところは少なく、自分たちで全て責任を持って行うことから、麻酔をかける上での妊娠・分娩管理は必須となります。

厳しい言い方になりますが、妊娠中の体重管理に関して、自分に都合の良い解釈ばかりをせず、ご自身と赤ちゃんの安全のため、しっかりと向き合っていただけるととても良いのではないかと思っております。

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以上、妊娠・出産を扱う産婦人科医の視点から体重について書きました。

医療従事者だけが努力をするのではなく、お産をする本人はもちろんのこと、ご家族の理解と協力を得て、できるだけ安全にお産が遂行できることを願うばかりです。