妊娠中に気をつけたい感染症シリーズ③:トキソプラズマ 院長コラム#023

2022.08.29 院長コラム

 院長の吉冨です。今回は妊娠中に気をつけたい感染症シリーズ第3回目、トキソプラズマについてです。あまり聞き慣れない感染症かと思いますが、妊婦さんは特に注意が必要な感染症です。

 

トキソプラズマとは

 トキソプラズマという感染症を聞いたことがない方も多くいらっしゃるのではないでしょうか?トキソプラズマはネコ科の動物を最終宿主とする寄生虫です。ヒトを含む恒温動物は中間宿主として感染に関与します。トキソプラズマに対する免疫、つまり抗体を保有している妊婦さんはおよそ7%程度と言われており、一度感染すると終生免疫が継続します。
 健康な方がトキソプラズマに感染した場合、症状はほとんど無く、感染に気づくことはほとんど無いようです。

 

妊娠中にトキソプラズマに感染したらどうなるの?

 妊娠中に初めてトキソプラズマに感染してしまうと、赤ちゃんに先天性トキソプラズマ症を発症する危険性があります。先天性トキソプラズマ症は水頭症を引き起こし、てんかんや発達遅延を起こすことがあります。また、目に炎症をきたし最悪は失明に至ることがあります。
 赤ちゃんへの感染率や症状出現リスクは感染した妊娠時期の影響を受けます。妊娠初期のころに妊婦さんが感染した場合、赤ちゃんへの感染率は低いのですが、赤ちゃんが感染した場合の症状出現率は高くなります。逆に妊娠後期に妊婦さんが感染した場合は赤ちゃんへの感染リスクは高いのですが、赤ちゃんに感染したとしても症状出現率は低くなります。具体的には妊娠12週頃の感染である場合、赤ちゃんに感染してしまう割合は6%程ですが、その6%の感染した赤ちゃんの中で症状が出てしまう赤ちゃんの割合は75%に及びます。また、妊娠36週頃の感染である場合、赤ちゃんに感染してしまう割合は70%に達しますが、その中で症状の出る赤ちゃんは15%程です。

 

妊娠中のトキソプラズマ検査について

 先天性トキソプラズマ症の発症予防や赤ちゃんの予後改善の目的で全妊婦さんを対象としたトキソプラズマ抗体スクリーニング検査の有用性は確立されていません。そのため、当院ではトキソプラズマの抗体検査を標準検査としては行っていません。しかし、個別にトキソプラズマの感染が疑われたり、トキソプラズマ感染のハイリスクの妊婦さんには抗体検査を行うことがあります。ここで注意が必要なのは、抗体検査で妊娠中のトキソプラズマ感染を正確に診断することが難しいと言うことと、およその感染時期を推測するには検査時間がそれなりにかかってしまうと言うことです。また、前述したように妊婦さんへの感染が必ずしも赤ちゃんへの感染や症状出現を意味するわけではなく、解釈がとても難しいです。 

 

妊娠中の治療について

 妊娠中の検査もそうですが、治療についてもまだわかっていないことが多く、確立されたものがないのが現状です。治療によって母子感染リスクを減らしたり、重症化をくい止めたりすることができるかどうかについてはまだしっかりとした結論が出ていません。現状では母児感染予防効果や重症化予防効果が期待される薬剤を使用することがありますが、日本では保険適応外の薬剤であったり、日本では販売されていない薬剤であったりと、治療を行うにしてもハードルは高いです。
 妊娠中のトキソプラズマ初感染が認められた場合、分娩後は赤ちゃんの検査を行い、適宜小児科のフォローが必要となってきます。

 

妊娠中はトキソプラズマに感染しないように注意する事が必要

 前述のように妊娠中の検査や治療は色々と困難な部分があります。そのため、最も良いのは妊娠前にトキソプラズマの抗体検査を行っておき、事前に抗体があるかどうかを知っておくのがベストです。抗体があれば妊娠中にそれほどトキソプラズマに対して神経質になりすぎる必要はありませんし、抗体がなければ感染予防に努める必要があります。
 抗体を持っていなかったり、抗体の有無がわからない場合は次のような注意が必要です。
 ・野菜や果物は良く洗って食べる。
 ・食肉は十分に加熱して食べる。
 ・ガーデニングや土、砂にふれるときは手袋を着用する。
 ・ねことの接触に注意する。
 ・ねこの糞尿処理は可能なら避ける。
 もし、誤ってトキソプラズマに感染するような出来事(生肉を食べたや野良猫に触ったなど)が起こっても過度に心配する必要はないと考えています。それは今までの人生の中で同じような出来事が多くあったはずであり、今までに感染していなければ、今回の出来事でたまたま初感染するというのは確率的に考えにくいと言うことと、同じような出来事ですでに抗体を持っている可能性があるからです。どうしても心配で抗体検査を妊娠中に行うのであれば、感染したかもしれない出来事から1~2週間ほどあけて検査を行うと良いかと思います。抗体にはいくつか種類があり、IgM抗体はおよそ1週間で、IgG抗体はおよそ2週間で上昇するため、感染したかもしれない出来事の直後に検査をしても異常がでないためです。

 

以上、簡単に産婦人科医からの視点でトキソプラズマについて解説してみました。
トキソプラズマに関して、ご心配やご質問などがある場合は医師にお尋ねください。